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「好き」を見失わず・・・

          国中がダメージを受けて、あちこちで自粛・・・節電・・・ 
              そんな最中に私は誕生日を迎えた

     被災地とはほど遠い我が家で、暖かい部屋に明るい灯を燈し 
                  家族に囲まれて・・・・・・
        ちょうど、21歳の誕生日に嫁いだ私だったので        
          今年の誕生は、結婚30年のアニバーサリー・・・・・・

          義母が薔薇の花束と、大好きな白ワインを・・・・・       
        娘と息子から、1981年のヴィンテージの赤ワインを・・・・・

       うれしくてうれしくて、、、私は素直に喜びの涙を流した

     娘が遠方の両親や、隣町に住む義弟夫婦や、いろんな方から
        メッセージを記したチューリップのカードを集めて
                   花束にしてくれた
  苦しんでいる、弱り切っている中で自分はこんなに幸せを満喫してよいのかと

               できれば大声で「愛を叫びたかった」

           被災地のことを考えない日は無いわけで・・・・・・
        「自分にできることをしよう!」と呼びかけられても
            いったい何をどうすればよいのか・・・・・・・・
           義援金箱に今日も買い物のつり銭をいれた
        女性用の下着や、ズボンが不足しているというので
          集めて送り届けてくださる団体に寄付した
           しょせん、何の労力も伴わないような行動
                こんなことでいいの?

       報道番組や、「元気のでる歌」なんて特別番組が延々放送されて
 ( でも、いったい、この番組、被災地の人たちは視られる環境にあるのかしら?
        避難所にあっては 消灯時間も かなり早めのようだし・・・・・
             ライフラインも戻りつつあるというが、
確実に、私の視ているこの環境とは、別世界でご覧になっているのだということは
                     わかっている・・・・)

         そんな時、大好きなアンティークショップのブログで
           紹介されていたサイトに、次の言葉があった

             私は、この言葉に正直 救われた気がする

                 抜粋でここに紹介しよう。。。。。。。
                 この震災のなかで、みんなが   
               自分の「好き」を見失わず、  
              つまり自分らしさを忘れることなく‥‥

               道路や建物の破損は少なく、
              水も出るし、電気も通っている。
          しかし、静かに精神と行動が拘束されている。
         福島のいくつかの街には、そういう被害があります。
              原発のニュースがあるたびに、
                なにかの数字が発表され、
                見えないなにかが衰弱していく。
          映像になりにくい被災のかたちが、あるようです。
                  __略__

        ミルクを溶く水の心配をせねばならないおかあさんも、
           黙々とつくった野菜を処分する農家の方々も、
           恐る恐る看板の照明をつける商店の人たちも、
        紙が入手できなくて印刷できない雑誌社の人たちも、
            それぞれに震災の痛手を被っています。
                   __略__

             快方するための元気が必要なのに、
       もっと精神やら内臓やらまでも、やられているらしく、
        なかなか立ち上がりにくくなっているような感じです。
        目に見える被災のかたちと、見えない被災のかたち、
         両方を乗越えるのが、ぼくらの目的だと思います。
           そのとき、カギになるのが、冒頭にあった
             「好き」なんじゃないかと思ったのです。

             わたしは、ぼくは、おれは、なにが「好き」?
         誰にも文句は言わせない「好き」なんだから‥‥。
        その「好き」は、その人そのものの大事さと同じ。
             思い出しましょう、じぶんの「好き」を。

         せっかく友人が催してくれた誕生祝いの食事会にも
        「次は、桜尽くしの着物でね! 楽しみにしてるからね」
          って言われたのに、もしその時揺れて避難するのに
      着物じゃねぇ・・・こんな時に着物なんてちゃらちゃら着てたら
              非国民!みたいに見られそう・・・・・・・・

         そうして、私は着物を着ずに洋装で会に出向いた
         友人も納得はしたが、私、着物きたかった・・・・・・
         だから着ればいいのよ! だって好きだもん
        今着なければ桜の着物も帯も泣くよぉぉぉ
           着姿をブログに載せたってイイじゃない!
          日常のたわいもない「好き」を前と同じように
            綴っていってもいいじゃない!

               だって「好き」なんだもの・・・・・・・
             私を祝う言葉をカードに託してくれた人達に
        それを花束にしてくれた娘に  大声で言います

                  私は、今 幸せです

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